飛鳥人

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この師走、一度見たいと思っていた奈良県の明日香村にある「石舞台古墳」を訪れました。7世紀初めごろに築かれたそうで、蘇我馬子の墓だといわれています。飛鳥人はこんな巨石をどう組んだんだろうと不思議になりました。

近鉄奈良駅から飛鳥駅まで乗車し、明日香村内では明日香周遊バス「赤かめ」で移動しました。シーズンオフとのことで乗客はまばらでした。小学生の通学用にも利用されており、地域住民の生活の足になっているようです。
明日香村は小高い山に囲まれた地形で、バスは緩い坂道を上り下りしながら走りました。刈り取りが終わった棚田や竹林が目に入ってきます。歴史上もまさに日本の原風景の地だと、飛鳥時代への思いを巡らせました。

飛鳥駅から20分弱で石舞台古墳に到着。石舞台は一段高い丘のような場所にありました。使われている花崗岩の総重量は2300トン。うち天井に使われている一つは64トン、もう一つは77トンとか。天井石の下には広い空間「横穴式石室」があり、中に入ることができました。ここで、当時権勢を振るった馬子が眠っていたのか…

誰もが不思議に思うのでしょう。考えられる築造方法を説明する看板がありました。天井石をかぶせてから中の土を取り除いたんですね。千数百年も前の飛鳥人の知恵と工夫に感心しました。それにしても大工事だったでしょう。石舞台古墳は、石室を覆っていた盛り土が失われ、天井石が露出した姿になったそうです。
まだ紅葉が終わっていないモミジの間から石舞台がのぞけました。四季折々の情景が古代史の舞台を繰り返し演出してきたのだと思います。

続いて、石舞台から周遊バスに乗り、ここも一度行ってみたかった高松塚古墳へ向かいました。古墳の石室から、有名な極彩色の壁画が見つかったのは、今からちょうど50年前のことです。

古墳は、沈みつつある西日に照らされていました。古墳の傍らに建つ高松塚壁画館に入り、模写壁画を見学しました。「玄武」など四神の図と日像・月像、男子4人、女子4人の人物群像に見入り、しばし古代史のロマンに浸りました。細かい筆致で描かれ、特に女子群像は彩色が鮮やかでした。
被葬者はいったい誰だったのでしょうか。高松塚古墳の周辺には、天武、持統、欽明、文武の各皇陵が築かれているとのことです。
「原寸・原色で再現した飛鳥の秘宝」と同館リーフレットは記しています。よくぞ残り、よくぞ再現できたものです。おかげで、飛鳥時代の貴重な歴史文化の一端に触れることができました。

帰りは、再び周遊バスで高松塚から近鉄橿原神宮前駅に移動し、奈良駅へ戻ってきました。周遊バスの1日フリー乗車券が割安でした。

飛鳥の世から千数百年。石舞台や高松塚壁画(模写)と接して思ったのは、古代飛鳥人から現代日本人に至る知能的、文明的な進化は、意外と大きくないんじゃないか、千数百年のスパンでは高が知れているんじゃないかということでした。むしろ、飛鳥人に学ぶことがあるような気がします。

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