神風の覚悟

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特攻隊の人生を描いた映画「永遠の0(ゼロ)」(山崎貴監督、岡田准一主演)をもう一度見ました。映画の中のワンシーンが心に残りました。

あした特攻に行くことが決まった主人公宮部久蔵と大石賢一郎が、川のほとりに腰を下ろし、浅瀬に素足を浸して語り合う場面です。

大石「不思議です。水が冷たい、雑草が風に揺れている、そんな今までどうでもよかったことがすべて愛おしく感じるんです。今ほど真剣に家族と日本の未来を考えたことはありません。今ほど自分が死んだ後のことを考えたことはないのです。自分たちがいなくなっても、この国は続いていってほしい。そして、これから生きていく子どもたちやそのまた子どもたちがこの戦争のことをどう語り合っていくのか。そんなことばかりを考えてしまいます」
宮部「その時、日本はどんな国になっているんでしょうね」

二人の表情はとても穏やかです。国のため、家族のため、あすにも命を捧げようという特攻隊の覚悟を推し量るのは、もはや容易ではありません。しかし77年前、こんな光景がこの国に確かにあったのですね。

時代は移りましたが、21世紀になっても世界の戦争は止みません。ロシアに侵攻されたウクライナの人々が、国を守るため、家族を守るためと、武器を手に取って戦っている姿に、勇敢だなと感心します。もし日本で同じような有事が起きたとき、平和を享受してきた私たちは立ち向かえるだろうかとも考えてしまいます。

ただ、ウクライナ危機は遠くの出来事でなくなるかもしれません。近隣の中国、北朝鮮、ロシアに対する日本のリスクは高まっているようです。

政府は防衛予算を大幅に増やそうとしています。今行われている参院選では、有事の防衛や憲法改正が議論されています。しかし、これまで同様、与野党の論戦に緊迫感は伝わってきませんし、有権者の反応は鈍い気がします。

特攻隊を美化するつもりはありません。まさに命を懸けて戦い、「今ほど真剣に家族と日本の未来を考えたことはありません」という特攻隊の覚悟を、現代の政治家に求めるのは時代錯誤なのかもしれません。

しかし、先の大戦で失われた多くの人々の死を無駄にしてはなりません。その犠牲の上に、この国の平和が長く保たれてきたことを忘れてはならないでしょう。敗戦の反省の上に根付いてきた平和憲法を蔑ろにしてはならないとも思います。

だからこそ、もっと政治が覚悟をもって、国民を巻き込んだ真剣な議論をリードしなければいけないときではないでしょうか。

今月23日は沖縄戦が終結した「慰霊の日」でした。まもなく、77回目の「終戦の日」(敗戦の日)が巡ってきます。

コメント

  1. T より:

    安保条約で守ってもらえるという認識が浸透していますが、ウクライナの事例にあるようにアメリカの大きな介入に期待するのは安易かもしれませんね。

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